バリアフリーに配慮

相模原の一戸建てを計画する際配慮すべきバリアフリー

バリアフリーとは、年を重ねる事で体の彼処に不具合が生じ、歩行等が困難となる場合を想定した家造りの構造、との認識です。現在は若く元気な状態であっても、人間は全て、年齢を重ねる事でやがて老いる宿命にあるのです。
相模原で一戸建てを計画する場合も、このような宿命を回避することは出来ませんので、計画段階において床に段差をつけないことが最良の打開策である。と認識されておられる事でしょう。このような考えは現在の家作り事情では、「老人に対する心優しい配慮」として定着し、疑う余地さえ感じられない風潮にあるとの理解です。

さて、ここで問題を提起したいと思うのですが、相模原の一戸建てを計画する際、バリアフリーは本当に「老人に対する心優しい配慮」となり得るのか。を再確認して戴きたいとの提案です。天邪鬼(あまのじゃく)な事を言うな。と、お叱りを頂戴しそうな提案ですが重要な課題なので、お叱りも覚悟し、あえてご提案致しますので、再確認の機会として戴ければ幸い、との立場です。
相模原で一戸建てを計画している最中にあって、今更バリアフリー等検討する余地もなく、当然計画の中枢を占める事となるでしょう。何故なら、我が家の一戸建ては老人同居が大前提であり、老後の人生を共に暮らすことが主目的なのです。

このような条件を満たす為、一戸建て住宅を計画しているとすれば、確かにバリアフリーを除外することは不可能であると思うのです。けれど、少し視点を変えて頂きたく願うのです。
この計画によると、年を重ね、老人となり、足腰が弱くなるので、床の段差は取り除き、フラットとする事が「老人に対する心優しい配慮」と決め付けているように思うのです。
視点を変えるとは、年を重ね、老人となり、足腰が弱くなる。この前提条件に対する視点を変え、「足腰が弱くならない」工夫が必要であるとの立場です。例えば、あえて、床に段差を設けることで、老人は「段差があることを常に意識する」生活となるでしょう。つまり、老人が、何も意識しない、フラットな生活を選択するのが適切な配慮なのでしょうか。

それとも、一見「天邪鬼」的な発想と受け止められそうですが、老人が家屋内の歩行に対し、常に段差に向き合い、様々を意識する事で、年を重ねたわりには意識も、足腰もしっかりしている。との結果を導き出す計画とするのか。老人の健康維持に対し、負の結果を想定するのか、富の結果を求めるのか、の分岐点となり得る可能性が潜んでいるようにも思えるのです。